2008/03/31
2008/03/22
こども芸術学科があゆみ始めました(その2)

夏休みには、地元の子供達と泥んこプールでのワークショップです。土をいじったりドロドロの感触を味わったりと自然の材料は、私達に多くのことを教えてくれます。土や木、水といった材料自体の芸術的価値を発見したのは、実は、ここ百年ほどの出来事なんですね。それまでは画面の支持体や表現手段としてイメージに仕えるものとみなされていました。
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京都や大阪などでは、地蔵盆というこどものための行事が今日もずっと続けられています。この夏、はじめて<こ学>の学生たちも参加して、こども芸大、ピッコリーの皆さんらと一緒になっての地域のこどもたちと喜び、遊ぶ、地蔵盆となりました。いろいろ身近な材料や遊びを工夫しての催しは、こどもたちにどのように受け止められたのでしょうか。今後も楽しみな出来事でした。
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9月には、「こどもといのち」をテーマに鎌田東二さんの集中授業が、長野の八ヶ岳のふもとにて行われました。ここは、縄文土器がたくさん発掘された古代のスピリチュアルに満ちたところです。いのちのテーマにふさわしい場所での三日間でした。写真は縄文人に返ってのパフォーマンスの発表風景です。岡本太郎の「芸術は爆発だ!」といういのちの息吹を学生たちは十分からだで感じたと思います。

『うそつきのつき』、『なぞなぞのたび』、『森の絵本』など、ユニークな絵本作家の荒井良二さんが<こ学>の特別授業を一日もってくれました。学生達と身近な材料で絵本をつくるワークショップでしたが、彼の基本は即興でした。<その時、その場>は、一回限りのものです。そこでの向き合い方は<いま>を予定や計画で埋めないで、その時・その場で応答して決めていくという即興的なものでした。ともすると即興性は、<場当たり>、<いい加減>、<無責任>などと嫌われ、批判されがちです。しかし、「感じること」をベースにするには、この問題を乗り越えなければなりません。彼の授業は、時間不足などの尻切れに終わったかもしれませんが、学生達の目はいきいきと楽しそうで、表現することの大切なものを感得できたと思います。

「造形表現」という授業が、学科の特性を位置づけるものとして設定されています。前期のテーマは、「からだと表現」でした。後期は、「あそびと表現」です。この写真は、この授業で音具、楽器を創作しての発表会の様子です。丁度、こども芸大の親子も顔を出してくれました。学生たちは、思わぬお客にやや緊張気味ながらも自らの作った楽器で演奏発表をしてくれました。こどもの反応は率直で、良し悪しではなく、こどもの反応からは得るものが多い。空気や場の雰囲気、間、そして気持の変化などが、こどもの様子で見えてくる。「感じる」ことからはじめる根拠の指標となりうるかもしれません。

この一年は、学科にとって小さな一歩かもしれませんが、多くの人人の援助や手助け、そして理解、協力、声援が大きくあっての一歩となりました。心より感謝と明日への希望を願っています。
こども芸術学科があゆみ始めました
2007年の4月より、こども芸術学科(こ学)のお姉さん、お兄さん29名が「こども」と「アート」と「教育」をキーワードに<こども芸術>についてまなび始めました。
このこども芸術学科は、<人もアートもどのようにして生まれ育っていくのか>という<はじまり>、<誕生>、<発達>といった根っこを掘り下げ、求めることを課題としています。なぜなら、そこには「芸術によってヒトは人になるんだ」という思いがこめられているからです。どのような時代、地域、民族においてもそれぞれに共通するものに<芸術するこころ>を見出すことができます。ナゼ、共通な営みとなりうるかというと、芸術は生きることと強く結びついているからです。死ぬこと、生まれること、そして食べること、遊ぶこと、学ぶこと、働くこと、など、これらは人類の共通の課題であり、営為です。芸術はこれらと根っこのところで強く結びついています。ですから、この<芸術によって人になる>というこのことばがあるのではないでしょうか。芸術が個々の違いという<個性の表現を主張する段階から、芸術による人間の形成・発達の段階へ>ということが、<こども芸術>の課題だと考えています。個性の表現とは、なによりも人間となること(形成・発達)と結びついていなければなりません。それは同時に、全的な人間の発達を促す芸術とはどのようなものかという芸術自体への問いでもあります。人間になっていく(形成・発達)とは、どのようなことを指すのでしょうか。子育てや保育は、その意味で芸術と深く根っこのところで結びついています。さらに言えば、子育てや保育は、人となる個性を育む(未来の)芸術行為だといえます。
保育とは、なによりも「感じること」から始まるのではないでしょうか。人間はもともと未熟な状態で生まれてきます。動物と比べても身体能力は弱く、生まれたままの状態では死んでしまいます。助け、保護し、世話するという保護養育することが自ずと必要となってきます。それは相手の身になって感じ、考えようとする行為にほかなりません。ですから、手を相手にあてて感じようとすることは、古来から手当てという治癒・治療行為の始原的な仕草です。感じることは、からだ全体をつかって、経験や知識、直感や気持ちなど、すべてを動員して想像力を働かす行為だといえます。このことは、実は、そのまま芸術行為の本質です。感じることをあらわそうと、そして伝えようと、なんらかのカタチにする行為が芸術の本質です。<カタチ>にする手段方法の技術が、必要なのではなくて<カタチ>にしたいという想いや<キモチ>が手段方法を生み出すのです。保育においても手段方法のマニュアルやスキルが先にあるのではなくて、いとしい想いや成長の願いや<キモチ>が子育てや保育方法の知恵や工夫を生み出すのではないでしょうか。優れた保育実践の報告にはこれら「感じる」ことを根拠にした姿勢や考えが伺えます。人と比べたり、統計や数値で測ることを根拠にしないで、生きた感じる心を根拠にしてはじめたいと思っています。
2007/12/21
アートNPOフォーラムin淡路島に参加して
NPO淡路島アートセンター、アートNPOリンクの共催でホットな三日間でした。
洲本の市民工房とは、2003年の3月17日から4月2日にかけて「アートキッチン・フェスティバル;<土のひと>と<風のひと>との交流ワークショップ」というイベントを洲本市と京都造形芸術大学との共催で行ったというご縁があります。
このときは、30以上のアートワークのレシピがあつまり、会場でつくって展示するという市民参加のアートイベントでした。地元の<土のひと>と外からの<風のひと>とのアートを通じた交流がねらいでした。
市民工房の一周年記念ということもあり、学生から地元の人たちからと、さまざまなひとたちとのご縁ができました。
それ以後、毎夏には、淡路島全域でのアートと地域が結びつくアートイベントを久保さんや山口さんらを中心に活動をつづけ、現在、こうしてNPO法人格を得て、このようなフォーラムが開けたことは自分のことのように嬉しく思いました。この五年間で、ほんとうにいろんなことが駆け巡ります。
このフォーラムも第1回の神戸での開催は、四、五年前だとききます。
淡路島アートセンター代表の久保拓也さんの挨拶をスタートに、
北川フラム(地中美術館総合ディレクター)さんの基調講演ではじまりました。
越後妻有の大地の芸術祭を紹介しつつ、地域が崩壊するなかにあって「お年寄りとあそびたい」というおもい、場所の記憶や遺産、棚田や田舎の風景や風土といったことへの気づきやアイデンティティといったことを「アートの赤ちゃん力」でもって引き出したいと話してました。
アートのくったくのない、意味がなくてもきもちの赴くままの行為や、場所から触発されたり、応答するあそびのようにアートの本来の源としての役割を「赤ちゃん力」として話してたことが印象的でした。
二つ目には、2010年に瀬戸内海を中心に島々をめぐっての芸術祭(仮称 瀬戸内国際芸術祭)を計画中というワクワクする話でした。地域の文化の多様性を生活の文脈でアートを位置づけていこうという、限界芸術のようにまさにマージナルなフロンティアの期待と可能性を訴えていたことが心に残りました。
続いてのフォーラムは、ハートアートおかやまの田野智子さん司会で、以下のNPOのプレゼンテーションとディスカッションでした。
別府市のNPOベッププロジェクトは、2005年に別府市を拠点に活動開始。「生活温泉」とか「混浴温泉世界」とか、瀬戸内をひろばに回遊する文化圏構想を語ってました。
NPOクオリティ&コミュニケーションofアート(略してカコア)は、1997年、愛媛の松山を拠点に活動開始。「アートにかかわる公共性」、「ソーシャルアート」といったことの中間支援としての役割を話してくれました。
三番目のナムラ・アートミーティングは、2004年から2034年までの30年間遊び続ける?プロジェクトということで、大阪のナムラ造船跡地という産業遺産の<壊装計画>のプレゼンでした。すでにいろいろミーティング、パフォーマンスなどをやってきており、スライドなどの紹介では楽しそうですが、実際の参加となると、、、疲れそう、、、帰りの足は?とか、いろいろ若者ならではの体力・気力が求められそうな気がしました。でも乞うご期待。
最後に、淡路島アートセンターのプレゼン。
2004年台風災害がきっかけで「日の出亭」再生事業から、アサヒアートフェスタの参加を機にNPO法人化。アートを通したまちづくりをモットーに一次産業とアートの連携を図りたいという、最先端の課題に果敢にとりくむ。淡路島は、玉ねぎのみならず棚田や気候もよくく地産地消>には最適。90年代早々に世界環境芸術会議を開き、2002年まで続けてきた経緯があり、行政の理解も心強いといえそう。ちなみに私も92年の環境芸術会議には参加したことを覚えています。山口勝弘さんもお元気でした。
ディスカッションでは、横浜クリエイティブ・シティ構想などアーバンデザイナーの北沢猛さん、トヨタ自動車社会貢献推進室長の布施直人さんを交えてのなんやかんやでした。
詳細は、フォーラムの公式サイトにて参照ください。
僕が気になったキーワードは、<場所の内力、外力>、<異系種間交流>、<アートのコミュニケーション力>など、など。
二日目
午前10時から洲本のまちあるき;磯崎さんのガイドで、洲本の近代史、なんと映画『北のゼロ年』の北海道開拓団の出港地。港の面影は、いまやなく明石大橋でフェリーからバスセンターへと模様代わり。洲本の町の百年前、そして百年後をイマジンです。
午後は、もう暗くなるまで、ディスカッション。淡路島アート議定書を協議するということで、いろんな文言をめぐり、緻密に、詳細に、そして微細に練り上げて行く作業は、体力だなあと実感。でも、ことばが見えなくて、触れなくて、慣れない私には、ホント、疲れた。皆さんご苦労様でした。
最終日は、車できていたので単独で、猫美術館と震災記念館、そして、最後は明石大橋を眺めながらの温泉につかっての岐路で、久方に旅というか気持ちの入れ替えができた三日間でした。
2007/12/12
アートミーツケア学会横浜大会を覗いて
会長の鷲田清一さんは、大阪大学の総長でもありますが、基調講演で、アートミーツケアの名称は、実は「アート見つけや」という。
アートと福祉が出逢うというこの学会ならではの、「ふわふわ」感が、心地よかった。
初日は、播磨靖夫さんのあいさつから、アサヒビールの加藤種男さん、擁護老人ホームさくら苑の桜井里二さん、大阪市大の山口悦子さんらによるディスカッションではじまりました。
それぞれの立場から「臨床するアート」の大会テーマに寄せてのお話がありました。
加藤さん;<アートは冒険する、市民のアートリテラシーの向上とアートの変化>を、「アートは何かの役に立つことはない、だから、人々のものの見方、考え方を挑発し、心を動かし、社会を変えることができる。」との視点で事例紹介を踏まえてのお話。
桜井さん;Art Of Life(AOL)という視点から、「生きることは表現することだ」として、アートを広くとらえること、とりわけデス・エデュケーションという死と向き合うことにアートの可能性をお話。確かに、死は、開始の始につながるなあと思った。
山口さん;病院におけるアートの役割に「まちづくり」のように「なんかおもろいことできへんか?」のアプローチを提唱。あえて「癒し」、「セラピー」、「やさしさ」といった枠組みを忌避してきたという。アートへの期待は、想定外の可能性を挑戦する態度を奨励するためだという、アートによる社会変革意識とでもいえる積極的な話でした。
今回は、プレゼンテーションとして、事例紹介がありました。
1、名古屋造形芸術大学の「やさしい美術プロジェクト;病院とアーティストの協働による<安らぎのある、地域に開かれた病院>の創出。
2、「地域精神医療における描画の在り方」東京芸大大学院の先端芸術表現専攻と千葉の浅井病院との事例研究。
3、女子美術大のメディアアート学科によるアート&デザイン・ファシリテーターの養成というテーマからの成果として、タッチパネルを使った療育支援ソフトの紹介
4、慶応大学教養研究センターの「三田の家」プロジェクトの紹介。
5、神戸芸工大ファッションデザイン学科によるeven art projectの紹介。アウトサイダーたちの感性をデザインにミックスしてオリジナルブランドを立ち上げようと<ミックスサイダー>というブランドの紹介。
6、山梨のプラネタリウムの番組作りでの「星の語り部」の紹介。視覚に障害をもつがゆえに触れることのできない星空を語り部活動で感じようとする試みには、ロマンあふれるものがあった。
二日目は、鷲田さんの講演「臨床する知とアートの力」から始まる。
;臨床とは、もともと医者がベッドサイドに往診に行くことから、現場にいくこと、現場の場所性を重視する。アートは、もちろん、哲学も場所性をもつことで、専門と非専門のあいだにゆらぎをもたらすことの大切さを事例をもってお話。事例に本学の映画や舞台での活動が紹介されていて、ちょっとうれしく思った。
その後は、5つのテーマにわかれてのテーブルトークのセッションに。
僕は、「百聞は、一見をしのぐか;美術館、博物館のソーシャル・インクルージョン」という美術鑑賞をめぐってのトークセッションに参加。19名の参加者全員が、まずは自己紹介となぜこのセッションに参加したかのフリートークからはじまる。学芸員、教員、学生、作家、音楽家、施設職員と、多様な顔ぶれで並河恵美子さんの司会で時間をすごす。
全体に二日間、濃密な時間が流れ、多くの刺激と可能性や勇気や元気をもらった。
帰り際、播磨さんとの会話で、「一挙に芽が吹き出したようで、以前では予想もつかなかったよ」とのことばに<アート見つけや>の実感が確かに!あった。
